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アフォーダンスと私たち

アフォーダンスと私たち

エレファントストーン エディターの今津です。

アフォーダンスとはなんでしょうか?

と、言ったものの、そう問う私自身アフォーダンスについて詳しいというわけではありません。昔、「アフォーダンス」の考え方が気になっていたことはあるものの、現在まで深く学んだことはなく、ほんの少しかじった程度です。

しかし、エディターとして仕事をする数年前から、心の片隅にどこかしら「アフォーダンス」がありました。というのも、エディターとしての仕事、特にそのデザインの部分と「アフォーダンス」は実は密接に関係しているからです。

「アフォーダンス」とは、なにか? そして、それがなぜ「デザイン」に関わっているのか、こうしたことをアフォーダンスについてかじった程度の私が、この連載を通じて、(何よりも自分自身が)学びながら紹介していこうと思います。

人間にとって机とは?

アフォーダンス。まずは、Wikipediaをぐぐってみましょう。

アフォーダンス(affordance)とは、環境が動物に対して与える「意味」のことである。アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンによる造語であり、生態光学、生態心理学の基底的概念である。「与える、提供する」という意味の英語 afford から造られた。
──Wikipedia「アフォーダンス」

だ、そうです。何がなんだかわかりませんね。もう少し噛み砕いて考えていきましょう。

環境が動物に対して与える「意味」

まず、言葉を変えて…「環境=机」としみましょう。そして、一旦「動物=人間」としましょう。

机が人間に対して与える「意味」

仮に、あなたの目の前に机が置いてあるとしましょう。あなたにとって、机はどういう意味を持っているのでしょうか。どういう意味、といわれても、まだなんのことかわかりませんね。それでは、問いの立て方を変えて、「あなたは、机に対して、何ができるのか」と考えてみましょう。

そう考えると、まず机の物質的な側面を見ていく必要があります。机は、(当たり前ですが)平らですね。机が平らであることから、あなたにできることは、いくつも思い浮かぶはずです。

机は平らだから、ノートを置いて日記を書ける、PCを置いて編集ができる、お皿を置いてご飯を食べれる、人生ゲームやすごろくができる。机が平らであるからこそ、私たちはそうした営みを行うことができます。

もし、机がギザギザだったり、スロープ状になっていたり、カーブしていたり、ブヨブヨだったりすると、そうした営みは成立しませんね。言い換えると、机には「平ら」という条件があるからこそ、そこで可能になる営み生まれるということです。

実は、これが「アフォーダンス」です。私たちが机によって、なんらかの営みを行う時、机と人間はアフォーダンスの関係にあります。

「与える、提供する」という意味の英語 afford から造られた。(Wikipedia)

アフォードとは、与えることです。つまり、この時、机は人間に、ある種の営みの可能性を与えている(アフォードしている)ということです。逆に言うと、人間は机によって、ある種の営みを与えられている(アフォードされている)ということです。

一旦まとめると、アフォーダンスとは、モノがある種の営みの可能性を開いていて(机は平ら)、それに適合するような営みを人間が行う、その関係のことをいいます。とはいえ、まだまだ、抽象的で何がなんやらという感じもします。もう少し、具体例で考えていきましょう。

日常のアフォーダンス

アフォーダンス。それは日常生活のいたるところに隠れています。その一部を見ていきましょう。

こちらは、トイレにあるタオルをかける取っ手です。

ここにもアフォーダンスがあります。この取っ手は輪っか状になっています。輪っか状になっていることから生まれる行為は……そう「何かをひっかける」です。つまり、この取っ手は、人に何かをひっかけるという営みを「アフォード」しているのです。

次に、こちらのボタン。

このボタンがアフォードしている行為はなんでしょうか。このボタンは出っ張っていますね。出っ張ているからこそ、「押す」という行為を容易にしています。

つまり、このボタンのこの出っ張りは、「押す」という行為をアフォードしています。もしボタンが平たく、出っ張っていない場合、そもそも「押す」という認識を人は持つことができませんね。それを逆手にとって、よく映画で観る隠し扉の隠れたボタンは、なんにもアフォードしいないことによって、人に見つからないようにしています。

次に、この台所の引き戸。

まず一目でわかるように、このとっては「つかむ」という行為をアフォードしています。そして、人間は何かをつかんだ後、押すよりも引く方が力をいれやすいですね。だからこそ、この引き戸は、「つかむ」という行為と「引っ張る」という行為を、人間にアフォードしているのです。

もうひとつ。こちらの、扉。

これは、先ほどとは違い、「つかむ」という行為をアフォードしていません。掴みようがないです。この扉はくぼみになっているので、くぼんでいる箇所の横側に力を入れやすくなっています。つまり、この扉の取っ手は、「横に力を入れる」=「扉を開く」という行為をアフォードしています。

いかがでしょうか?アフォーダンスは、一見わかりにくいようで、実は日常の様々なプロダクトデザインの中に息づいているものなのです。

ガードレールのアフォーダンス

しかし、アフォーダンスは、そもそも、設計者の狙いとは関係なく、そこに存在してしまうものという側面があります。例えば、このガードレール。

このガードレールはもちろん、歩行者と自動車を接触しないようにすることをアフォードしています。しかし、このガードレールは別の行為もアフォードしています。それはなんでしょうか?

このガードレール。ちょうど、カウンターの椅子くらいの高さで、しかも表面がカーブ状に設計されています。そう、座りやすいのです。図らずも、このガードレールは、「座る」という行為をアフォードしているのです。

これが、例えば以下の画像のように、円形になっていたら、だんだんお尻が痛くなってくるので、あまり座りたくならないものです。

動物たちのアフォーダンス

「ガードレールのアフォーダンス」を理解できたら、(自分もこの記事を書きながらつながったのですが)冒頭のWikipediaの以下の言葉が理解できそうな気がしてきました。

環境が動物に対して与える「意味」のことである。

ガードレールのように、図らずもなんらかの行為をアフォードしているように、というか図らずもではなく、すべてのモノは何かをアフォードしている。そう考えると、都市が動物にアフォードしているものがたくさん見つかります。

例えば、電柱の電線。

細長いという形状であるからこそ、電線は鳥たちにとっての恰好のとまるポイントになっています。電線は、鳥に「とまる」という行為をアフォードしている。例えば、鳩の巣。様々な建造物には隙間が多いからこそ、それが鳩たちにとっての恰好の巣作りスポットになっている。入り組んだ建造物は、鳩に「巣作り」という行為をアフォードしている。

つまり、自然環境において、木や枝が備えていたのと同じような意味を、人工的な建造物が果たしているということです。

他にも、様々なアフォーダンスが街を歩いていると、発見することができるでしょう。最後に、アフォーダンスにとって、重要なポイントをひとつ紹介して終わりにします。

アフォーダンスとは、モノの形質が、その使用者の特性や指向に合致したときに生まれる。

電線が鳥にとまるという行為をアフォードできたのは、「電線の特性=細長く、空中につるされている」と「鳥の特性=ずっと飛び続けられず、どこかにとまる必要がある/足の細さ」合致していたからです。

続く・・・

アフォーダンスとは、非常に興味深い考え方だなと、書きながら思う次第です。今回の記事は、参考文献などを用いず、一つ一つ考えながら書いた部分が多いので、実は厳密なアフォーダンスの定義とはずれているかもしれないなと若干不安でもあります。

今後、まじめにアフォーダンスの本など(『アフォーダンス入門』佐々木正人『誰のためのデザイン?』D.A.ノーマンなど)を読んで、この考え方をより詳しく紹介できたらと思います。最終的には、アフォーダンスとデザインというところまで踏み込みたいものです。

この記事を書いた人

今津祥
エレファントストーンのエディター。1989年生まれ。

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