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【追悼特集】デイヴィッド・リンチ監督の知られざる映像作品

画像引用:https://www.uplink.co.jp/artlife/
独特のビジョンとスタイルで、世界中の映画ファンを魅了したデイヴィッド・リンチ監督。1月16日(現地時間)に逝去が報じられました。
夢や潜在意識を現実とクロスオーバーさせた作風に影響を受けたクリエイターは多いでしょう。これまでに手がけた長編映画は10本で、テレビシリーズやMVなども含めると監督作品は100本を超えるそうです。
ここからは、CMやMVなど、デイヴィッド・リンチが映画以外で手がけた監督作品を振り返っていきたいと思います。
映画だけじゃない。デイヴィッド・リンチの短編作品の魅力
映画史に残る名作を数多く生み出したデイヴィッド・リンチ監督。CMやMVといった短いフォーマットでも、彼の才能は存分に発揮されました。商業的な枠を超えたその作品たちは、独創性に溢れ、実験的で自由な表現を楽しむことができます。
以下、視覚的・感覚的なインスピレーションの宝庫であり「小さな芸術作品」とも言える彼のCMやMVの特徴について5つご紹介します。
1. シュールで夢のような映像美
リンチ監督のCMやMVは、映画と同様に現実と虚構の境界が曖昧で、シュールなイメージが多用されます。イメージの背後に隠された象徴や暗喩を考察するのは、リンチワールドを楽しむ醍醐味の一つです。フラグメント化された構成や非現実的なイメージの連続によって、視覚的なインパクトを生み出しています。
2. 日常に潜む不穏さ
リンチ監督の手にかかると、普通の状況や日常的なアイテム(コーヒーカップ、電化製品など)が、異様な雰囲気を醸し出します。ごくありふれた事物が突如奇妙な動きをしたり、不安感を煽る音響効果が加えられたりすることで、独特の緊張感が生まれます。
3. 暗闇と光のコントラスト
光と影を巧みに利用し、映像の中で強烈なコントラストを作り出します。暗闇の中で光を活用した表現は、視聴者の不安と好奇心を同時に刺激するでしょう。
4. 象徴的なモチーフの多用
リンチ監督の作品では、繰り返し登場する象徴的なイメージが数多く散りばめられています。とくに、彼の映画だけでなくCMやMVにも登場する火(炎)や赤いカーテン、歪んだ鏡などは、不気味な雰囲気を演出する重要なモチーフです。
5. 時間の歪み
映画作品同様、短いCMやMVの中でも、時間感覚を歪ませる演出が多々見られます。スローモーションやリバース再生、不自然なカットを多用することで、観客を混乱させ、独自の世界観を強調しています。
デイヴィッド・リンチの映像作品4選
ここからは、デイヴィッド・リンチが監督を務めたCMやMVなど、映画以外の映像作品をピックアップしてご紹介します。
1. PlayStation 2 advert: Welcome to the Third Space|2000|#20YearsOfPlay
2000年に公開されたPlayStation 2のCM「Welcome to the Third Place」は、CMでありながらアート作品と呼ぶにふさわしい傑作です。
本作の最大の特徴は、リンチ監督特有のシュールで夢のような世界観。PS2のスローガン「The Third Place(第3の場所)」をテーマに、日常とは異なる異世界的な体験を表現しています。
人間の顔を持つ鳥、椅子に座る不気味な男、暗闇から浮かび上がる謎の物体など、現実では考えられないイメージが次々と展開します。現実と非現実の境界をあえてぼかしているのは、現実(第1の場所)や想像(第2の場所)を超えた「The Third Place(第3の場所)」を表現するためのトリックです。不気味で抽象的な世界を描き出すことで、プレイステーションの未来的なビジョンを示し、観る者を異次元の世界に引き込むことに成功しています。
2. Nine Inch Nails 「Came Back Haunted」(2013)
映画界きっての鬼才デイヴィッド・リンチとNine Inch Nailsの関わり合いは深く、フロントマンであるトレント・レズナーは、リンチ監督の代表作の一つである映画「ロスト・ハイウェイ」(1997年)でもコラボレーションしており、互いのスタイルには高い親和性が見られます。
2013年公開の「Came Back Haunted」のミュージックビデオは、両者のクリエイティブな世界が交錯することで、緊張感あふれる独自の世界観を作り出しています。
本作は、物語や理論的な理解ではなく、感覚的な体験を重視するリンチ監督の美学がいかんなく発揮された1本です。点滅、カット、モチーフの組み合わせによって生まれる「不安と興奮の混在」は、他に類を見ない独特な仕上がりに。観る者を「現実の外側」に引きこむ力があり、視聴後も強烈な印象を残します。
3. David Lynch「Crazy Clown Time」(2012)
リンチ監督は、MVのディレクターを務めるだけでなく、自身で音楽制作もおこなっています。
彼の作り出す音楽は、映画同様、不安感や幻想的なムードを強調したものが多く、リスナーに「夢の中にいるような感覚」をもたらします。映像作品を観た後にその音楽を聴くと、彼の創作全体を深く理解する手助けになるでしょう。
2012年に公開された「Crazy Clown Time」のMVでは、不安定なフレームの中で不条理なパーティーシーンが延々と続き、視聴者に強烈な印象を与えます。突然のズームイン・ズームアウト、スローモーション、異質なライティングなど、デイヴィッド・リンチ特有の撮影技法がふんだんに用いられており、緊張感や不安感を増幅させる効果を生み出しています。視覚と聴覚の両方で異質な体験を提供するこのビデオは、その天才性が余すことなく表現された作品と言えるでしょう。
4. Flying Lotus『Fire Is Coming』(2019)
2019年に公開されたFlying Lotusの『Fire Is Coming』(アルバム『Flamagra』収録)のMVは、デイヴィッド・リンチ独自の映像スタイルが強く反映された実験的な作品です。
ディレクターは、Steven Ellison & David Firthが務めているものの、監督本人が出演するなどその制作に深く関わっており、彼のキャリアの中でも非常な特異な位置を占めた作品です。映像には、歪んだ顔、無機質な物体、不気味な動物イメージなど、彼の映画で見られるシュールで不気味なモチーフが多数登場します。
常にジャンルの境界を超えた先進的な作風で知られるFlying Lotusですが、上記動画では、彼らのアルバム『Flamagra』全体のテーマである「火」と「変容」の概念が、映像にも深く反映されています。
「火が来る(Fire is coming)」というデイヴィッド・リンチが発する象徴的なフレーズに合わせて映像が歪んだり、語りのリズムとビートが同期したりすることで、視覚と聴覚の両方で「不安定な感覚」が強調されています。本作は音楽と映像が融合したアート作品として、これからも数多くのクリエイターに重要なインスピレーションを与えてくれることでしょう。
まとめ
カルトの帝王とも呼ばれたデイヴィッド・リンチ監督ですが、78歳でその生涯を終えることになりました。映像の可能性や面白さを教えてくれたデイヴィッド・リンチ、謹んで哀悼の意を表します。