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【対談インタビュー】社員の夢を、会社の覚悟に。エレファントストーン沖縄オフィスが生まれるまで
皆さんこんにちは!エレファントストーンの秋山です。
エレファントストーンは、2025年7月に沖縄に新たなオフィスを開設しました。東京に拠点を置く会社がどうして沖縄オフィスを開設したのか。ありがたいことに興味をお寄せいただき、ご質問をいただく機会も増えてきました。
沖縄オフィス開設の背景にあるのは、単なる事業拡大やエリア戦略ではありません。まず、沖縄出身で現在ゼネラルマネージャーを務める比嘉さんが入社当時から抱き続けてきた 「地元・沖縄を良くしたい」という強い想い。そして、その想いを一過性の夢として扱わず、長い時間をかけて受け止め、共に育ててきた取締役COO 伊藤さんの存在があります。
本記事では、プレスリリースだけでは伝えきれていない 沖縄オフィス開設に至るまでの背景を、伊藤さん・比嘉さんへのインタビュー形式でお届けします!
取締役COO 伊藤プロフィール
大学卒業後、広告代理店に入社。その後、コンパクトタイプの新築分譲マンションの企画・広告を手がける不動産コンサルティング会社に転職し、営業および広報の管理職を務める。2012年、代理店時代の先輩である鶴目が設立した映像制作会社エレファントストーンに参画。現在は取締役COOとして、全社戦略の立案・実行、事業運営および業務執行全般を担い、組織・プロジェクトの両面から事業成長を推進している。
ゼネラルマネージャー 比嘉プロフィール
沖縄出身。学生時代からドキュメンタリー制作を行なっており、大学卒業後はフリーランスのディレクターとして映像のディレクションを行う。監督、撮影を行ったドキュメンタリー映画はPFFアワードをはじめ国内外の映画祭で入選、受賞。地域やコミュニティに密着した取材を得意としており、沖縄独自の村行事や文化の保存に映像制作で貢献してきた。クライアントとの関係性を重要視しながら、被写体や商品の魅力を十二分に引き出す映像制作を心掛けます。
「成長するには、沖縄を出ないといけない」──上京の決断
――比嘉さんのエレファントストーンの入社は2018年3月ですよね。ある日突然、アポ無しでスーツケースをガラガラ引いて面接に来たという逸話(詳しくはこちらの記事をご覧ください)が印象的です。沖縄に住んでいた比嘉さんが、上京しようと決めた理由からぜひお伺いしたいです。

比嘉:「学生時代からドキュメンタリー映像の制作をしていたんですが、『地元を良くしたい』っていう気持ちは昔から変わらないんですよね。ただ……沖縄にいて、技術的な意味合いでも、考え方やビジネス的な意味合いでも、成長するためには沖縄を出ないといけないと思ったんです。一流企業と仕事をする経験も積んでみたかった。
だから東京の会社を調べている中で、絶対にエレファントストーンで働きたいと思っていました。当時は、“映画監督が多く在籍している制作会社”という印象が強かったですね。実際に制作している作品も本当に良くて、『ここしか行きたくない』と思っていました。 結果、スーツケースをガラガラ引きながら面接に向かった、という感じです。(笑)
当時のエレファントストーンはまだ今のように『プライディングカンパニー(映像づくりを通じた、企業の誇り)』とは名乗っていませんでしたが、お客様の映像づくりに対する価値観や考え方に触れたことで、 『沖縄の人たちが、沖縄に誇りを持てるようなことをやりたい』という気持ちも、自分の中ではっきりました」
銀座のラーメン屋で飛び出した“将来の予言”
――比嘉さんがエレファントストーンに入社して間もない頃、伊藤さんに将来の話をしていたそうですね。

伊藤:「あれは、今でも強烈に覚えていますね。一緒に訪問へ出ていた合間、銀座でラーメンを食べていたときに、急に言われたんです。『僕、将来沖縄に帰って、沖縄の印刷会社で映像部門を立ち上げて、部長として働きたいんです』って。
入社したばかりなのに沖縄に戻るという話をされて、戸惑いはありつつも、ここまで具体的に “沖縄に帰る”というビジョンを持っていることにむしろ関心もしたんですよね」
比嘉:「今考えると、『それを伊藤さんに言うのって、だいぶヤバいな』って思いますけど(笑)当時はそれが悪いことだとも、本当に思っていなかったです。そのくらい、沖縄に対する気持ちは自然なものだったんだと思います」
――比嘉さんらしいです(笑)
伊藤:「比嘉くんは正直に言うと、“会社で一番怒られた子”なんです。トップセールスかつゼネラルマネージャーになった今の姿からは想像がつきにくいかもしれませんが、一番手がかかった。ここだけの話、お客様から担当をはずされてしまった過去すらあるんです。
でも、仕事の予算や規模感に関係なく、たとえ10万円、20万円のプロジェクトでも、一切態度を変えずに、地道に丁寧にやり続けてきたのを見てきました。そういう日々の積み重ねが、今の『比嘉さんにお願いしたい』というお客様からの信頼につながっているんだと思います。
そんな彼が、いつか沖縄に帰りたいと言い始めたので、辞めるリスクを真面目に考え始めるようになりましたね。僕はその先も一緒に働きたいと思っていたので。『沖縄オフィス開設、頑張ろうね』とよく話していました」
そしてエレファントストーンは、比嘉さんの『沖縄を良くしたい』という想いを、個人の夢としてではなく、プライディングカンパニーとして大切にすべき“誇り”だと捉えました。沖縄オフィス構想は、そこから少しずつ、現実のものとして動き始めます。
アンド・フォース様とのご縁から始まった、沖縄オフィス構想
――具体的に沖縄オフィスの開設はどういったきっかけでスタートしたのでしょうか?
伊藤:「大きかったのは、アンド・フォースの代表取締役 瀧口さんとのご縁ですね。広告代理店に勤めていた時代の同い年のお客様で、そこから8〜9年経ってお互いに当時とは違う会社になっていたにも関わらず、偶然お客様に紹介されて再会したんです。『あれ?知ってますよ』って」
――すごい偶然ですね!
伊藤:「去年、比嘉くんが1週間ほど沖縄に帰りながら現地の営業開拓をしていて、 『なかなか、いきなりお仕事をいただくのは難しい』という話をしていて。そのタイミングで瀧口さんとたまたま沖縄料理店で食事をする機会があり、沖縄に支社を出されていることもあったので『事務所、間借りで貸してあげようか』と、思いがけない提案をいただいたのがきっかけでした。
オフィスをお借りしながら、沖縄でのチャレンジができる。比嘉くんがここまで本気で向き合ってきた姿をずっと見てきたからこそ、このチャンスは逃せずそこから半月ほどで実際の開設に至りました」
同じ沖縄出身であることの信用と、カレーパンを味方に
――実際に沖縄オフィス開設をして、今も立ち上げフェーズだと認識しています。沖縄での仕事をつくるための営業活動はどんな風に動かれてきたんですか?
比嘉:「とにかくオフィスへ赴いて、置き手紙のように自分の名刺と、『もとむのカレーパン』(=アンド・フォース様が運営・プロデュース。カレーパングランプリにて3年連続金賞を受賞し、沖縄の新たなソウルフードとして知られる)だけ置いていく、ことを地道にやっています!
そのあとにお電話をして、『カレーパン届けた、比嘉です』とお話すると、必ず感謝から入ってもらえるんです。『めっちゃ美味しかったです!』って。名刺だけ置いても、絶対に相手にされないので。これ、結構大事なんですよ」
伊藤:「もう、サンタクロースですよね(笑)立ち上げフェーズって、自分の手足で信用を稼いでいくんだな、という姿を本当に見せてもらっています」
――沖縄での営業を進める中で、「比嘉さんだから任せた」と言われたこともあったそうですね。
比嘉:「ありましたね。最終的に案件を任せてもらえた理由を聞いたら、『比嘉さんが沖縄出身だからですよ』って言われたことがあって。『正直、東京の誰かが来ても、その仕事は出していなかったと思う』とも言われました。
沖縄って、やっぱり地場の力が強いんです。広告代理店もそうですし、人とのつながりもすごく大事。『沖縄でやりたい』って言うだけじゃなくて、“沖縄で育って、沖縄に戻ってきた人間”だからこそ、信用してもらえた部分は大きかったと思います」
伊藤:「これは本当にそうで、東京から誰かを連れて行っても仕事になるとは限らない。でも比嘉くんの場合は、 “同じ沖縄出身だから”という一点で、最初の扉がちゃんと開くんですよね」
沖縄で雇用を生むことが、究極の地方創生
――最後に、沖縄オフィスの意義やこれからの展望を教えてください。

比嘉:「沖縄支社を設立したいです。沖縄に支社をつくるということは、雇用が生まれるということだと思っています。それって、究極の地方創生なんじゃないかなと。
東京で経験を積んだ沖縄の人でも、『帰りたいけど仕事がない』『給料が下がる』と諦めてしまう現実は、やっぱり多いんですよね。
だからこそ、 『技術を活かしながら、沖縄にコミットできる場所』をつくることには、すごく価値があると思っています」
伊藤:「今は比嘉くんを中心に、東京のリソースを使いながら進めていますが、ゆくゆくは沖縄に常駐のメンバーを置きたいですね。沖縄で“何かをやる”というよりも、沖縄に“会社として根づいていきたい”と思っています。
出張で来て仕事をするだけなら、正直、意味がない。税金も含めて地元にちゃんとコミットして、失敗するリスクも引き受けた上で、続けていく。そういう関わり方をしないと、沖縄では本当の信頼は得られないと思っています。
まずは“沖縄オフィス”というかたちでリスクも織り込んだ上での挑戦をしていますが、将来的には支社をつくりたいですね」
比嘉:「本当に、これは失敗できないという覚悟です。絶対に沖縄で仕事をつくる。そういう気持ちで日々活動しています!」
編集後記
スーツケースを引っ張ってアポ無しで面接にきていた比嘉さんが、 叱咤激励を受けながら成長し、今は責任とカレーパンを携えて、故郷・沖縄に挑んでいる。沖縄オフィスは、エレファントストーンにとって、単なる拠点開設ではありません。プライディングカンパニーとして、比嘉の想いを起点に、組織に、そして地域に誇りを循環させていくための取り組みだと感じました。
読者の皆さんにも、今後の沖縄オフィスの発展を見守っていただけたら嬉しいです。伊藤さん・比嘉さん、ありがとうございました。
最後に、沖縄出張中のオフショットで終わろうと思います!(太陽が眩しかったとのことです)




