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映画『君の鳥はうたえる』で考える、映像作品をもっと楽しむための作品分析の視点
画像引用:TCエンタテインメント
みなさま、こんにちは!
今年の4月にエレファントストーンに入社しました、ディレクターの河井です。
「作品分析」という言葉を聞いてピンとくる方はいますか?
私は大学時代、テレビドラマや映画など映像作品の分析をするゼミに所属していました。今回は、そこで学んだ奥深い作品分析の世界を噛み砕き、基本となる視点を皆さまにお伝えできたらと思います。
この記事では、そもそも作品分析とは何なのか、どのように分析するのがおすすめなのか、をご紹介します。読み終えた後、あなたもきっと作品分析をしてみたくなるはずです!
そもそも作品分析って?
「分析って?解説や批評と何が違うの?」という声が聞こえてきそうです。そこで、それぞれの言葉の意味を調べてみました。
解説とは、“物事をわかりやすく説明すること。また、その説明” https://kotobank.jp/word/解説-457755
批評とは、“事物の美点や欠点をあげて、その価値を検討、評価すること” https://kotobank.jp/word/批評-120677
分析とは、“もつれている事柄や複雑な事柄を、一つ一つの要素や性質に分けること” https://kotobank.jp/word/分析-623351
この言葉の違いにも表れているように、作品分析は解説や批評とは異なります。作品分析は、作品について完璧に理解することがゴールではなく、良い/悪いの評価を下すためのものでもありません。作品を構成するさまざまな要素を拾い上げ複雑な物語を読み解き、新しい視点をもたらすことが作品分析のゴールです。
そのため私は、作品分析とは作品の魅力について言語化し、他の人がまだ知らない/気づいていない面白さを発見するためのものだと考えています。他の人が気づいていない新たな解釈をもたらすには、独自の視点や切り口で作品を読み解くことが必要です。ここからは、そのヒントになる3つのポイントを紹介します。
ポイント①:問いを設定しよう
作品分析をする上で最も大切なのが、問いを設定することです。
問いを設定することで分析の軸ができ、作品を観る視点が定まります。また問いがあることで、独自の切り口から作品を語れるようになります。ここでいう問いとは、「どうして主人公はあのシーンであんな表情をしたんだろう?」「あのセリフはどんな意味だったんだろう?」という疑問です。
映像作品は情報量がとても多いため、問いを設定せずに闇雲に観てしまうと、どの情報を受け取れば良いのか分からなくなってしまいます。作品分析中に迷子にならないためにも、問いは必ず設定しましょう!
ではどう問いを立てたらよいのでしょうか?
コツは、作品を観ていて引っかかった部分から考えることです。先ほど例に挙げた問いのように、作品を見ていてふと疑問に思ったことから考えると面白い問いを発見しやすいと思います!
ポイント②:セリフとアクションに注目しよう
問いを設定したら、次はその問いに対しての答えを導き出すヒントとなる要素を集める作業に移ります。その際に注目したいのがセリフとアクションです。ここでいうアクションとは、ド派手な乱闘のことではなく、人物の動作全般を指します。
なぜセリフとアクションに注目するかというと、この2つの要素には登場人物を理解するためのヒントが詰まっているからです。ここで一度、みなさんが立てた問いを振り返ってみてください。
その問いは、登場人物の言動や行動に関わるものではありませんか?
物語は登場人物のセリフやアクションによって展開していきますが、視聴者に全ての心情を説明してくれる訳ではありません。こちらが想像し、読み取る必要があります。セリフやアクションには、視聴者に委ねられている「余白」があるのです。この「余白」にこそ、問いと向き合うヒントが込められていることが多いです。
具体的にどんなところに注目すると良いのか?という着眼点については、主に以下のような点に注意してみると良いでしょう。
【セリフの場合】
・セリフの文脈、前後の流れ
・話している人物の表情、態度、視線
・セリフの前の間(ま)
【アクションの場合】
・人物が置かれた状況、前後の流れ
・人物の表情、態度、視線
・カメラ(引きなのか寄りなのか、画面内に何が映っているかなど)
この分析時に注意したいのが、分析する作品やシーンによって登場人物が嘘をついている可能性があるということです。特にセリフを言葉通り受け取ってしまうと意図を捉え違えてしまうケースがあります。そのため、分析時は一度立ち止まって、上記の着眼点でチグハグな部分はないか、不自然に感じる部分はないかを考えてみましょう。
ポイント③:作品の時代背景を考えよう
一見関係ないように思えますが、作品が制作された時代の背景を知ることは、作品分析をする上でとても大切です。なぜなら映像作品、とくにテレビドラマは、その時代の影響を受けやすいからです。
映像作品は芸術作品と捉えることもできますが、基本的には制作者と視聴者の間でお金が発生する「商品」です。商品をたくさん売る、つまり多くの人に作品を観てもらうためには、消費者のニーズに合わせる必要があります。消費者のニーズ=エンタメに求めるものは時代によって変わります。それに応えるため、映像作品も時代によって傾向が変わっていきます。
具体的には、感染症流行後のテレビドラマを想像してみるとそれが顕著に表れているといえます。
『#リモラブ 〜普通の恋は邪道〜』(2020年10月〜12月)や『俺の家の話』(2021年1月〜3月)は、現実と同様に感染症が流行している設定で物語が展開されます。登場人物はマスクを着け、アルコール消毒をし、感染症の脅威の中で暮らしています。
しかし同時期の『この恋あたためますか』(2020年10月〜12月)や『大豆田とわ子と三人の元夫』(2021年4月〜6月)では、感染症が存在しない世界が描かれています。
どうしてこのような違いが生まれたのかを考えると、視聴者の気持ちが2方向に分裂していたという状況が見えてきます。
「大変な現実世界に寄り添った作品が見たい」という気持ちと、「せめてエンタメの世界では現実を忘れさせてほしい」という気持ち。未曾有の事態の渦中で揺れ動いていた人々の不安な気持ちに応えるように、この頃のテレビドラマには2つの潮流が生まれたと考えられます。
映画『きみの鳥はうたえる』を分析する
では実際に作品分析をしてみたいと思います。今回取り上げる作品は映画『きみの鳥はうたえる』(2018)です。作品分析は物語の結末に触れるため、ネタバレにお気をつけください。あらすじは以下の通りです。
“函館郊外の書店で働く“僕”と共同生活を営む、失業中の静雄。そして“僕”と同じ書店で働く佐知子の3人は、夜通し酒を飲み、踊り、笑いあい、かけがえのないひと夏を過ごす。しかし、微妙なバランスで保たれた幸福な日々は、常に終わりの予感をはらんでいた。” https://natalie.mu/eiga/film/176046
問いを設定する
まずは問いを設定します。私が観ていて気になったのは、“僕”が心の中で数を数える冒頭とラストの場面です。この行為にはどんな意味があるの?どうしてラストに佐知子は戻らなかったの?
疑問がたくさんありますが、ここでは「心の中で数を数える行為は、“僕”にとってどんな意味があったのだろうか?」という問いを設定しました。
セリフ・アクションからヒントを探す
問いが決まったら次はヒントを集めます。セリフやアクションに注目して、作品をもう一度観返すと、以下のセリフやアクションが問いの答えを導き出すヒントになりそうだなと思いました。
・冒頭、戻ってきた佐知子の「心が通じたね」というセリフ
・“僕”は好意を言葉にしない
・店長に「佐知子を大事にしてやってくれ」と言われても何も返さなかった“僕”に、佐知子は不満気だった
・ラスト、戻ってこない佐知子を追いかけた“僕”と、彼に向けた佐知子の表情
まだまだ細かな部分はありますが、書ききれないので割愛します。
作品の時代背景を考える
作品の時代背景にも目を向けてみましょう。ただ、今作は映画であり、かつ原作小説があるため、時代背景はそこまで濃く影響していないと考えられます。注目するとしたら、登場するアイテムでしょうか。
“僕”と佐知子が本屋でのアルバイト中にスマートフォンでこっそりやりとりしたり、静雄がイヤホンで耳を塞いだり、小道具にはその時代ならではのものが使われていることが多いので注目してみると面白いです。
以上を踏まえて私が設定した「心の中で数を数える行為は、“僕”にとってどんな意味があったのだろうか?」という問いに対して出した答えは以下の通りです。
「出会った時は言葉にしなくても通じると考えていた“僕”と佐知子だったが、関係が深まるにつれて佐知子は言葉を求めるようになり、言葉で伝える静雄を選んだ。心の中で数を数える行為は“僕”にとって佐知子と心が通じていることを確かめるための手段であり、また、言葉にしなくても大丈夫だと安心するためのお守りのような役割を果たしていた。お守りが役目を果たさなかったため、ラストで“僕”は初めて自分の想いを口にした。」
このように自分で立てた問いに対して答えを見つけていくことで、語られていない制作者の意図に迫ることができます。今回の分析については答えに至るまでの過程を大幅に省略しているので、ぜひご自身で作品を観て考えてみてください!
まとめ
今回は作品分析の基本的な視点について紹介しました。この視点が備わると、作品鑑賞がぐっと楽しくなること間違いなしです。そしてこの視点は鑑賞するときだけでなく、制作する際にも役立ちます。
作品分析をしていると、制作者がどんな意図でつくったのかを考える機会が増えます。思考と分析を繰り返していくうちに、キャラクター設定の方法・ストーリーの組み立て方・セリフの書き方などを意図を持って考えられるようになっていきます。そのため以前より深みのある作品づくりができるようになっている自分にも気が付くはずです。
想像の余地が残された映像に対しては、制作者側が想像していなかった作品の一面を視聴者が発見してくれることもあります。作品の魅力は、観てくれた人が引き出してくれるものなのかもしれません。
映像作品の新たな魅力を知れる作品分析、みなさんもぜひ挑戦してみてください!
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