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理想の映像をつくりたい人こそ、まずは好きな映像を言語化してみよう

理想の映像をつくりたい人こそ、まずは好きな映像を言語化してみよう

みなさまこんにちは、エレファントストーンディレクターの竜口です。

好きな映画や好きな小説などを人に聞かれたとき、作品名を答えるのは簡単ですが、その作品が好きな理由をきちんと相手に伝えることはできますか?

僕は最近「好きなCMは?」と聞かれた時にこのCMを答えるようにしています。見てもらえればその良さはなんとなくわかっていただけるとは思うのですが、その好きな理由を納得させられるほど言語化するには至っていませんでした。

好きなものがなぜ好きなのかを理解して説明できるまでになることは、自分の性質や傾向、考え方を知る手助けにもなると思っています。この場を借りて、せっかくなので自分が一番好きなCMを言語化しようと思います。

“Let’s Grab a Beer”です。

CMの概要

このCMは、アンハイザー・ブッシュという世界的なビール製造会社のCMになります。世界3位のビール生産量を誇り、有名なところでいうとバドワイザーを作っている会社です。

ただのCMではありません。あのスーパーボウルの合間に流れたCMです。

スーパーボウルはアメリカンフットボールの頂点を決める試合で、いまなお全米視聴率40%を超える伝統的なビッグコンテンツです。

その合間に流れるCMの放映料は30秒枠で500万ドル以上とも言われています。このスーパーボウルの試合の間だけしか放映しないのに、です。それでも世界的な大手企業がこのスーパーボウルのためだけの限定CMをこぞってうちだしています。

有名なところで言うと、1984年にリドリースコットが監督したAppleのCMがあります。初代MacのPR映像なのですが、「1984」というジョージオーウェルのディストピア小説をモチーフとしていることもあり、尖りまくったCMです(知らない方はYouTubeで!)

話を戻します。アンハイザー・ブッシュのTVCMが放映されたのは2021年のスーパーボウルです。まだ情勢の影響がある中、会場規模も縮小されて開催されたタイミングでした。

ビールの何を描くのか

英語が苦手な方でも(自分も英語はよくわかりません)、映像を見ればなんとなく内容は理解できる作りになっています。描かれている内容は誰かとビールを飲もうとする様々なシチュエーションです。

個人的にこの映像の1番良いと思うところは、ビールそのものではなくその周縁に着目している点です。おそらくビールのCMと言われた時に、まず真っ先に想像するのがビールを美味しそうに飲む姿だったり、グラスにビールが注がれるシズル感たっぷりの映像ではないでしょうか。

改めて映像を見返すと、ビールを飲んでいる瞬間というのは一度も描かれていません。ビールを飲むに至るプロセスや飲んでいる状況だけが描かれています。ビールの周縁だけにフォーカスしてひたすらに描いていくことで、視聴者はハッとさせられます。思い返してみれば誰かとお酒を飲む時、ほとんどのケースでお酒は手段でしかないということに気づくのです。

もちろん、お酒好きにとってはお酒そのものが目的になりますが、それは一人だけの酒盛りでも完結できてしまうことです。「誰かと会って話すこと」それがお酒を飲む大きな目的の一つであると、このCMは伝えています。

自分以外の誰かと飲むことが前提だからこそ、タイトルでもある“Let’s Grab a Beer”(=ビールを飲みましょう)という一つの言葉に、シチュエーションに応じてさまざまな感情や意味をこめることができるのです。

もしかしたらそういったブランディングのCMは今までにもあったかもしれませんが、ここまで効果的に映像として描き出したCMは他に知りません。

誰かとお酒を酌み交わすことが当たり前ではなくなったからこそ、改めてお酒を飲むことの本質的な部分を見つめ返したCMだと思いました。

CMの構成を分析してみる

着眼点が良いだけでは人の心は動きません。

このCMを構成する芝居・演出・美術・音楽などの様々な要素が正しく選ばれ配置されて初めて観る人が「良い」と思える映像になります。では、実際に何が描かれているのかを詳しく見ていきます。

以下、頭から順にシチュエーションを記述してみます。

  1. 結婚式場で急に雨が降り出して式がめちゃくちゃになり、呆然とみていた新郎新婦が乾杯とともにその状況につい笑ってしまう。
  2. 一人ひそかにオフィスを去ろうとする同僚をみかねて、荷物運びを手伝いながらさりげなくビールを飲もうと誘う。
  3. 空港で足止めを食らって行き場をなくすなか、人種も年齢も職業も違うたまたま居合わせた人たちがビールを飲み交わす。
  4. 閉店後のボウリング場で清掃員がビールを飲み交わす(何言ってるか分かりません)。
  5. 会議になにかしらの雑用でやってきただけの女性が、必要だからと会議への参加を頼まれ、横にいた同僚が歓迎のビールを手渡す。
  6. 喧嘩中のカップルの男性側がビールをきっかけに使って仲直りしようとする。女性はビールを受け取るがまだ完全に許したわけではない。
  7. 葬式で長蛇の列の弔問客の対応をする若い女性の遺族に、列に並ぶ友達と思しき人がハンドサインで飲みに行こうと誘う。
  8. 本番後の楽団が雑談している(何言ってるか分かりません)。
  9. 営業を終えた給仕たちがキッチンで軽口を叩き合う(何言ってるか分かりません)。
  10. 道路脇に止めている車の雪かきをしていたら、隣を走る車に雪をかけられてしまう。ちょうど駆けつけた友達が店に入ってビールを飲もうと誘う。

みなさんはどのシチュエーションが気に入りましたか?

ぼくのリスニング力不足によって10のシチュエーションのうち3つのシチュエーションのニュアンスが分からずじまいですが、ただ7つは言葉がよく分からなくても、関係性から感情の機微まで理解できてしまうということでもあります。

いわばセリフや文字情報に頼らず、「画」だけで細かなニュアンスを理解させてしまう力をもっていることがこのCMの凄さだと思います。

そういう意味では、どのシチュエーションも良いのですが、個人的には特に1,7のシチュエーションが非常に秀逸な出来だと感じています。

シチュエーション1の分析

1はこのCMのオープニングを勤めることもあって、つかみとしてとっておきのシーンを持ってきたのだと思います。

ウェディングドレスをきた新婦や装飾に使っている花飾りからこの場が結婚式場であることがわかります。日差しが出ている中の雨や慌てるように走っていく参列客がいることから、これが思いもしないハプニングであることがわかります。一生に一度の晴れ舞台がめちゃくちゃになった状況をただ眺めるしかない新郎新婦。彼らはこの悲惨な状況の当事者です。しかしビールの乾杯を契機に自分たちの状況を客観的に見てしまい、つい笑ってしまう。

10秒程の尺にこれほど多くの情報を盛り込みながら、たった一つのカットで成立させてしまっていることがこのシーンの強度につながっていると思います。

シチュエーション7の分析

7は葬式というセンシティブな場面を描いていますが、その本質を見事についていると思いました。

椅子に座る老婦人の隣にいることから、おそらく主人公はこの家の長女、あるいはその親戚か、いずれにしろ故人と非常に近しい人物であると推測されます。そしていつ終わるとも分からないような慰問客の長蛇の列に対応している姿が描かれています。

列の中盤にいる友人らしき人、彼女に目が行きがちですが、よくみるとその隣にもメガネの女性がいて同じように主人公とコンタクトしているのがわかります。その女性は胸に手をあて悲しそうな表情を浮かべています。お悔やみのポーズです。冷静に考えると、これが葬式においては正しいアクションです。「遺族は悲しんでいる」と誰しもが想像するからこそ、同じようなアクションやお悔やみの言葉をかけます。この決まりきった行為が間違いとか言いたいわけでないのですが、本当に分かり合えている友人ならば、相手がどういう気持ちで性格上どうしたいのかを知っているはずです。

悲しみが癒えているかどうかはさておいて、主人公はこの儀礼的な場にうんざりしていると友人女性がわかっているからこそ、親指で「飲みに行こう」と誘うのです。それに対する主人公の表情も素晴らしいですよね。眉毛と口角を少し上げて、細かく数回うなづく。この表情の芝居だけで、友人女性の読み通り、主人公がうんざりしてたことがよく伝わってきます。セリフもなく短い尺の中で、状況はもちろん、二人が考えていることや関係性がむしろ非常に雄弁に描かれています。

このように映像だけで複雑な情報を伝えられること、いわば小細工なしの王道で勝負することは、映像の作り手としては理想形の一つではないでしょうか。

ただし、シナリオや芝居、美術など全ての要素をハイレベルで構築していかないと出来ないことでもあります。いつかは自分もこういう映像を撮りたいと、そういうモチベーションで日々制作に取り組んでいたりしています。

なぜラストだけがモノクロなのか?

もしかしたら特に疑問に思わなかった方もいるかもしれませんが、なぜ最後のシチュエーションだけ突如モノクロになったのでしょうか。

これが戦前のシチュエーションとかならまだわかりやすいのですが、おそらく時代設定は地続きになっていると思います。

これはぼくの個人的な感覚なのですが、映画・絵画・小説なんであれ「なぜこうしているのかわからないが良い」と感じる瞬間があったとき、そこに作品全体に関わるような制作者の意図が隠されているというケースがよくある気がしています。

このCMもなぜモノクロにしたのか初見ではわからなかったのですが、ここはモノクロであるべきだし、だからこそ良いと直感的に思いました。

色々と考えた結果、推測の範疇ですが、以下の複合的な理由からモノクロにしたのだと思います。

1.雪だから

ここでメインとなるモチーフが雪だからというのが一義的な理由かと思います。モノクロの方が雪の白が映えますからね。

2.ラストだから

これも単純に、カラーの世界からモノクロの世界へと変化させることで、映像のフックにしたことが挙げられます。そしてこのモノクロの世界が中盤ではなく、ラストにあるということも重要で、映像全体の締めくくりとしての機能も果たしていると思います。

3.抽象度を上げたかったから

モノクロというのはものすごく単純に言うと、細部が黒く潰れて、白いものが目立ちます。

全体的に情報量が少なくなり、映像の抽象化・記号化が進みます。ここまででビールにまつわるさまざまな具体的シチュエーションを少ないカット数に情報量を詰めて描いてきたからこそ、最後には抽象的な画にしたかったのではないかと思います。その方が長編映画のエンドロールを見ている時のような読後感も狙えるのかもしれません。

描かれているシチュエーションも他に比べてそこまで複雑ではありません。「ビールを飲もう」のセリフに繋げられるストレートな描写になっていると思います。

制作者がどこまで考えてモノクロにしたのかはわかりませんが、スーパーボウルで放映されるような莫大な予算がかかっているCMで意味がないことをしているわけがありません。上記のような明確な意図があってようやく一つの演出の形になっているのだと思います。

まとめ

既存の映像で理想としているものがあり、そういう映像を自分も作ってみたいと思っている方は、まずはその映像を言語化・文章化してみることをおすすめします。

ぼくもこの記事でこのCMを取り上げることを決めてはいましたが、何を語るべきなのかは全く思い浮かんでいないまま書き始めています。

何度も見て、時間をかけて考え、実際にシナリオを書き起こしたりしていく中で、何が描かれているのかどういう意図で演出しているのかがわかり始め、ようやく言語化することができます。そこで分析したことは、自分の制作にも通ずる部分があり無駄ではないと思っています。

みなさんもぜひ、「好きな映像を言語化してみる」に挑戦してみてください。

この記事を書いた人

竜口昇
エレファントストーンのディレクター

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